らいてうの家
22歳の時に信州に滞在したらいてうが、戦後「いつか小さな家でも建てて野の花、野の鳥と親しみたい」と入手したあずまや高原の一角に、多くの方の寄付によって完成した山荘風の家です。遺品やパネルの展示、講座やコンサートの開催、植樹や森林散歩など、地域の方々とともに企画、開催しています。
平塚らいてうの会からの依頼でした。らいてうの気持ちを取り入れながら、記念館としての役割を、どうプランニングに取り入れるか、場所が山奥でもあり、どれだけの人が訪れてくれるか。といったことが悩みでした。予算も限られているので、又個人の家ではないので宿泊は出来ないということもありましたが、ありがたいことにすぐ隣にあずまや高原ホテルがあったことで、宿泊はそちらで可という事になりました。
たまたま、地元のらいてうの会のメンバーが私達の建築士会の女性委員会のメンバーでもあったことから、ごく自然に設計依頼がありました。 女性のグループとしての日ごろの活動とらいてうの会の活動の趣旨が合致する面も多かったこともあり、当時女性委員会の委員長でもあった、私に代表という立場でお話をいただきました。作業的には女性委員会のメンバーがみんなでかかわるということでスタートしました。
記念館として、平塚らいてうの事が充分伝えることが出来る、展示物などもゆったりと見ることが出来るスペースがあること。なるべく地元の木材を使って仕上げることなどを提案させてもらいました。
カラマツ材を室内外の腰板に使う事。上部壁にも珪藻土などを塗り、自然素材を取り入れる事、床材はみすず松など。
又建具も出来る限り木製建具にする事。構造材も地元のアカマツなどを使っています。
地元の木材を使うということで、地元の木こりでもある方の協力の下、地元の建材をふんだんに取り入れて、建てることが出来たことは、本当に良かった。
又伐採した木材を十分に乾燥させることで建物が長く持つことが出来るためにも、地元の木材会社の協力も得られ、又「新月の時に伐採した木は長持ちする」ということもあり木の事をよく知っている業者がかかわることで、信頼しあいながら、多くの人たちの協力の下、「協同のドラマ」としての工事が進められて行った。
「らいてうの家」はこうして世にも不思議な協同のドラマとなって大きな流れになり、信州を愛し、自然と共に生きることを望んだらいてうに最もふさわしい形となった。
木を伐らせてもらったのだから、感謝を込めてここの森に木を植える、ということもさせてもらいました。
内部の写真です。カラマツをふんだんに使っています。家具も手作りの家具です。
吹き抜け空間もあり、小さいながらも広々とした空間のある家となっています。
ベランダもあり、森の中の一軒家というさわやかな建物となりました。
トイレの中も木がふんだんに使われています。
冬は雪に閉ざされて、見学は出来ない期間となってしまいますが、雨戸(こちらも木製)で閉じ、春を待ちます。
こちらのページでも見ることが出来ます。http://raichou.c.ooco.jp/raichounoie.html
こちらのページでは工事に至る、又工事中の写真なども見ることが出来ます。http://www2.ueda.ne.jp/~kanakana/